| 2007/05/13(日) 12:02 | 番外編(いわゆる日本国内のこと) |
| 石見銀山、世界遺産登録見送りへ/島根 |
2007年の世界遺産登録に向かって動きを続けてきたが
普遍的価値が不十分として、世界遺産への登録を今回見送られた。
16世紀頃、日本の銀生産高は20万kg、
なんと、世界の銀生産量の1/3を占めていた。そしてその大部分を
この石見銀山から算出していたのだ。
これによってヨーロッパや東アジアとの交易が盛んになり
稀に見る隆盛を遂げたのである。

一見すると、山々が連なり、山深い景色にしか見えない。
しかし足を踏み入れてみると、
600を超える坑道跡や、銀山争奪戦を行った戦国武将達の
山城、採掘から精錬まで行われた鉱山跡を中心に、
外敵から守るための城壁が張りめぐらされるなど、
遺跡が豊富なのだ。

ポルトガル人が作った地図によれば、
当時この辺りは「銀鉱山王国」と記されており
日本と言えば石見銀山、という認識だったよう。
ただ鉱山での労働は過酷で、
30歳まで生きれば上等だったようだ。
この辺りで、約6000の墓石も発見されている。
町の人々は世界遺産に登録されるよう、
有効な保存管理を徹底し、
普遍的価値も十分にあると考えていたが、
残念ながら見送りになってしまった。
しかし、まだまだチャンスはあるので頑張って維持してもらいたい。
現在、坑道を歩いて見て回れるのは
「龍源寺間歩」だけだが、
全長約600m(そのうち見て回れるのは270m程)
当時のノミの跡がそのまま残っていたり
排水のため垂直に100m掘られた竪坑など
見所満載。
当時の人々の生活や、戦国時代、産業の発展や交易など
肌で感じられるので、歴史好きにも面白かも。
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